患者様へ

当院の手術麻酔症例件数は旧国立大学でも非常に多い症例数です。その経験豊かなわれわれ麻酔科医は日夜,安全に手術が行われるよう,また患者さまが安心して手術を受けられるよう努力しております。麻酔に関してご質問やご要望がございましたら,手術前に麻酔科医がお伺いした際におっしゃってください。十分に理解と納得をされた上で手術にのぞまれ,安全かつ快適に手術を受けられるよう,私たち麻酔科医は願っています。

ここ数年の麻酔科学の注目されるトピックのひとつが,全身麻酔管理が手術後の患者さんの長期予後にあたえる影響です。当科では世界的にも早くからこの問題に注目し,集中治療をふくめた周術期管理において単なる急性期の全身管理の枠を超えて,患者さんの長期予後を改善する麻酔・集中治療管理,患者さん個々人の病状にあわせた,いわゆるTailor-madeの周術期管理を行っております。

FAQ

麻酔とは何ですか?

麻酔(ますい)は手術を痛みなしに行うために絶対必要なものです。麻酔それ自体が100%安全とは言えないものの,麻酔なしに安全に手術を行うことなど不可能です。一体麻酔とは何でしょう?
麻酔には大きく分けて,区域麻酔(くいきますい)と全身麻酔(ぜんしんますい)の2種類があります。全身麻酔とは患者さんに眠ってもらい,その間に手術をする方法です。一方,区域麻酔は患者さんは眠らずに痛みを感じる神経だけが一時的に麻痺(まひ)された状態で手術を行う方法です。麻酔科医は麻酔を専門にする医者であらゆる麻酔法に精通しています。
どのような麻酔を行なうかは,手術の種類や患者さんの体の状態,患者さんの希望などをもとに,主治医の先生と相談して麻酔科医が決めます。

全身麻酔って,どんなもの?

全身麻酔は,手術の間だけ深く眠り,痛みを感じなくする方法です。
はじめに点滴から麻酔薬を流して,眠っていただきます。
全身麻酔中は呼吸が弱くなるため,完全に眠ったところで,指の太さほどのチューブを口から気管に入れて(気管挿管:きかんそうかん),呼吸を補助します。
手術中はガスの麻酔薬(吸入麻酔薬:きゅうにゅうますいやく)または点滴からの麻酔薬を流しつづけます。手術が終わって麻酔薬を止めると目が覚め(手術の種類や患者さんの状態によって目が覚めるまでの時間は違います),気管に入れたチューブを抜いて病室に帰ります。
心臓や胸部の大きな手術の後など,数日間チューブを入れたまま過ごす場合もあります。

区域麻酔って,どんなもの?

区域麻酔には局所浸潤(きょくしょしんじゅん)ますい,硬膜外(こうまくがい)麻酔,脊髄くも膜下(せきずいくもまくか)麻酔,末梢神経(まっしょうしんけい)ブロックがあります。

●局所浸潤麻酔
神経を一時的に麻痺(まひ)させる薬(局所麻酔薬:きょくしょますいやく)を,手術をする場所に直接注射して痛みをなくす方法です。体への負担が軽い麻酔法ですが,大きな手術を局所麻酔だけで行なうことは出来ません。痛みをとりきれなかったり,薬の量が多くなると中毒の危険があるためです。歯医者さんの麻酔がこれです。

●硬膜外麻酔
硬膜外麻酔は背骨の中にある神経の近くの硬膜外腔(こうまくがいくう)という場所に麻酔薬を入れて手術部位の痛みをなくす,または軽くする麻酔方法です。
横向きで背中を丸めた格好で背中に針を刺して,直径1mm程の細いビニールの管を入れます。管が入っている限り何回でも薬を入れられますから,長時間の麻酔も可能です。
手術後は同じ管から痛み止めを持続的に注入して痛みを軽くします。手術後の体の回復を早める効果もあると言われています。この管は必要なくなったら抜きます。

●脊髄くも膜下麻酔
脊髄くも膜下麻酔は細い針を使って,背中から神経の近くに薬を入れて下半身を麻痺させます。
横になって背中を丸めた格好になっていただいて,腰から注射をします。薬が効いてくると下半身がしびれて痛みを感じなくなります。3時間程度は手術が可能です。足のしびれは長いときで6時間程度続きます。
脊髄くも膜下麻酔のあと稀にですが頭痛が起こることがあります。この頭痛は起きあがるとひどくなり,横になると楽になるのが特徴です。日が経つにつれ徐々によくなりますが,痛みが強くて大変なときは麻酔科に御連絡下さい。

●末梢神経ブロック
神経の走行に沿って薬を注入し,その領域の痛みをとる方法です。超音波装置や電気刺激装置等を用いて行います。直径1mm程の細い管を入れて,手術後痛みを軽くするために,使用することもあります。

手術前・手術中・手術後…実際のながれは?

(全身麻酔の患者さんを例に麻酔の大まかな流れを御説明します。)

(1)手術前
担当の麻酔科医が手術の前に訪問し,診察と麻酔の説明をします。この時,ぜんそくや,心臓病,アレルギーなどの病気がないかどうか,過去に受けた麻酔や手術で変わったことはなかったか,今どんな薬を飲んでいるかなどをお聞きします。また手術を受けた血縁者(両親・兄弟など血のつながりのある方)で麻酔に関して変わったことがなかったか,わかる範囲で調べておいてください。これらをふまえて,麻酔科医はあなたの体の状態をよく把握し,手術日までの過ごし方や食事の制限,麻酔の方法,麻酔中や手術後に起こりうること,痛みのことなどについてご説明します。18歳以下のお子さんの場合には,術前訪問時にできるだけ保護者の方が患者さんといっしょにいて下さるようお願いいたします。

(2)前日~当日朝
指示された時間以後の飲食はしないでください。お子さんの場合は保護者がよく気をつけてあげてください。胃の中に消化されていない食物が入ったまま麻酔がかかると,食物が胃から逆流して気管に入り肺炎や窒息(ちっそく)の原因になることがあるからです。前日の夜は,御家族などと長話をすることは体力を消耗して良くありませんので規定の時刻に眠るようにして下さい。緊張で眠れない方には睡眠薬をのんでいただいて,たっぷり眠っていただきます。

(3)手術室
手術室に入室後本人確認をします。続いて,血圧計や心電図などの機械を体に装着し,点滴の注射をします(あらかじめ病室で行うこともあります)。硬膜外麻酔を受ける方は,この後体を横向きにして,背中から管を入れる処置を行います。
いよいよ,全身麻酔の開始です。点滴からお薬を入れると,あなたは速やかに眠り,手術が終わるまで何も知らないで過ごし,手術が終わって10-20分後には目を覚まします。あなたは気持ち良く目を覚ましたことに驚かれることでしょう。そして,もう手術が終わってしまったことを知って更にびっくりされるでしょう。そうです!もう手術は終わってしまったのです。しかし麻酔科医はあなたの眠っている間そばに付き添い,心臓の働きや血圧,呼吸状態を監視し,栄養の補給を行い,必要に応じて検査をしたり,薬を用いたり,輸血をしたりして,あなたの全身状態を良好に保つよう細心の注意をはらっています(全身管理といいます)。

(4)手術後
手術室内の回復室であなたの体の状態が安定したことを確認してから,病室に戻っていただきます。なお手術の種類やあなたの体の状態によっては,集中治療部で数日間を過ごしていただくことがあります。そこではICU専属の麻酔科医が,主治医とともに,ひきつづき全身管理を行います。
病室に戻ってから痛みや吐き気がひどい場合,痛み止めや吐き気止めを用意します。主治医,看護婦,または術後訪問に行く麻酔科医に遠慮せず症状を教えてください。

麻酔科医からのおねがい!

●指示された時間以後の飲食は絶対にしないで下さい
これを守らないと麻酔中に吐いて重症の肺炎を引き起こすことがあります。誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)といって通常の肺炎よりはるかに治療が困難なものです。

●気管支喘息のある方・薬や食べ物でアレルギー症状を起こしたことがある方はあらかじめ医師や看護婦に申し出て下さい
まれに手術中に喘息の発作を引き起こし,手術の続行が不可能になることがあります。あらかじめ喘息があることを知っていれば,ある程度の予防や早期の治療が可能です。また,全身麻酔には,麻酔薬を含め,様々な種類の薬を使用します。以前異常な反応を起こした薬剤や,よく似た薬の使用を避けることはもちろんのこと,万が一異常な反応が起きたときには速やかな対処をいたします。

●たばこを吸う方は手術日が決まった時点で禁煙をして下さい。
痰や咳が多くなったり,手術後の肺炎の危険性が高くなります。また,感染率があがり,傷の治りも悪くなります。

●以前に手術を行ったとき,高熱があったり,嘔気,嘔吐がひどくて手術を中止したことがあった,あるいは麻酔後肝臓を悪くしたり,黄疸(皮膚が黄色くなること)が現れたことがあった方もお知らせ下さい。同様のことが家族,血縁者にあった方も申し出て下さい
麻酔中の高熱は,悪性高熱症といって,麻酔の合併症の中で最も危険で,治療が困難なものです。原因は不明で,血縁者に遺伝する可能性があります。しかし,発生は稀で数万から数百万人に一人と言われています。

●はずれる入れ歯は必ずはずして下さい。また,ぐらぐらしている歯,抜けない差し歯があるときはその旨申し出て下さい
麻酔終了時などに,無意識にかみしめて,折れたりすることがあります。ぐらぐらしている歯は事前に抜いていただくことがあります。

●化粧,マニキュアなどは全部落として来て下さい。また,コンタクト,まつげエクステンションははずして下さい。
くちびるや顔の色,爪の色などは,麻酔中のあなたの全身の状態を知らせてくれる大事なサインです。目周囲の装飾物は眼の損傷の原因となります。

●時計,指輪,イヤリング,ヘアピン,金属のついた髪飾りなどは,はずして下さい。
手術中,感電や火傷を引き起こす危険があります。

●麻酔から目を覚ますとき「目を開けて下さい」とか「手をあげて下さい」とか大きな声で呼びかけますが驚かずに指示に従って下さい。

麻酔や手術に関わるリスク

手術そのもの,出血,麻酔薬などによって,患者さんのからだ(特に心臓,肺,肝臓,腎臓などの大切な臓器)にはいろいろな負担がかかります。ぜんそくや心臓病,糖尿病,高血圧,肝臓病,腎臓病などの病気をもっている方,脳卒中や心筋梗塞(しんきんこうそく)になったことのある方などは,さらに注意が必要です。一見健康そうな方に,こうした合併症がかくれている場合もあるので,手術の前にいろいろな検査を行なってチェックをします(術前検査:じゅつぜんけんさ)。安全を期すために検査を追加したり,手術が延期される場合もあります。

手術中に使う薬(麻酔薬など)に対して,アレルギー反応を示した方,麻酔薬によって高い熱を出し長期の集中管理を必要とする体質の方もいます(悪性高熱症)。血のつながった人の中に,このような体質の方がいらっしゃる場合は,必ず主治医や麻酔科医にお知らせ下さい。

合併症のある方,アレルギー体質の方,脳卒中や心筋梗塞になったことのある方,過去に受けた麻酔や手術で変わったことがあった方などには,より慎重な麻酔の準備を行うために,あらかじめ麻酔科外来を受診していただくことがあります。

全身麻酔では,気管に入れたチューブや麻酔ガスの影響で,手術の後にのどが痛くなったり声がかすれたりすることがありますが,たいていは2~3日で回復します。声のかすれは,手術中の姿勢や手術そのものによって起きることもあり,回復に数週間かそれ以上かかることもあります。

たばこを吸う方は痰(たん)が多くなりがちで,手術中や手術の後の肺の異常が多くなります。できれば手術の4週間以上前からの禁煙をおすすめします。

かぜなどで発熱,せき,痰(たん)がひどいときは,手術中や手術後の合併症の危険が大きくなります。急を要する手術はしかたがありませんが,通常は手術を延期するほうが安全だといわれています。

歯がぐらぐらしている方,歯ぐきがやせている方では,チューブを気管に入れる操作の時に歯がかけたり取れたりする危険があります。

手術によっては,長い時間,同じ姿勢をとることによって,しびれや痛みが残ることがあります。たいていは数日間でなおりますが,まれに回復に数週間以上かかることもあります。

血が止まりにくい人に硬膜外麻酔などの局所麻酔を行なうと,まれに神経の近くに内出血し,神経が圧迫される危険があります。また局所麻酔用の針がたまたま神経に触れたりすると,痛みやしびれがしばらく続くことも非常にまれにあります。また神経の近くに入れたチューブに沿ってバイ菌が入り込み,痛みやしびれを起こすことあり得ます。麻酔がきれた後も手術の傷とは無関係と思われる場所に痛みやしびれを感じるようでしたら,看護婦,主治医,または麻酔科医にご相談下さい。

悪性高熱症とは何ですか?

発生頻度は全身麻酔およそ60,000に1例,20代男性では全身麻酔およそ11,000に1例です。主にガスの麻酔薬(吸入麻酔薬:きゅうにゅうますいやく)で発症し,高熱や頻脈(脈が異常に速くなること),不整脈(脈が不規則になること)などが進行して死に至る非常に恐ろしい病気です。死亡率は約20%と高率です。発病したら即座に麻酔を中止し,100%酸素の投与,呼吸と循環の早期集中管理が救命に必要です。ダントロレンという特効薬があります。悪性高熱症は遺伝することがありますから,血縁の方で全身麻酔時に高熱が出た方がいる場合は必ず麻酔科医にお話下さい。

ページのトップへ戻る